BIRD SONG JOURNAL / 受け継がれるもの

2019.9.17

なぜか懐かしい心地よさを感じる場所が誰にでもあるのではないだろうか。

陽が短くなり夜風が涼しくなった頃、各集落から「トン、トン、トン、トン」とチヂンの音が聞こえてくる。街灯も少なく、普段は静かな集落の通りに明かりが灯り、響き渡るチヂンの音に呼び起こされるように各家々から人が一人、また一人と集まってくる。私も心が踊り出し玄関を飛び出した。

奄美の八月踊りは旧暦八月に入って最初の丙の前日から始まり、三晩踊って3日休み、さらに三晩踊る。男性陣、女性陣と向かい合って輪をつくり、男性が一節歌うと、それに返すように女性陣が歌う。輪の中央のテーブルには、ご馳走や黒糖焼酎が所狭しと並ぶ。曲がフィナーレに向かうにつれてリズムも速くなり、お酒の力も手伝って足と手が合わなくなることもあるが、それも愉快だ。

子どもたちもこの期間は夜更かし。一緒に踊り、駆け回ってご馳走を頬張る。赤ちゃんは親の背中で揺られながらスヤスヤと眠っている。私もこうやって揺られていたのだろうか。去年はいた人がいなくなっていたり、新しいメンバーが増えたり。懐かしい顔が帰省してきていたりすると「元気なー?」「いつまで居るわけー?」と声をかけてくれる。正直、小さな集落での生活は楽しいことばかりとは言えない。人との距離が近いが故に窮屈に感じることもあった。だから高校卒業と同時に一度は島を離れ隣の人を知らない都会のマンション生活も経験した。でも、やっぱりここへ帰ってきて30歳を超えた今、それも含めていいなと思う。

過疎化、高齢化など時代の変化とともに唄や踊りもできる人が減り衰退してきている中、カセットテープで踊りを続けている集落もある。そうやって少しずつ形を変えながらも踊りは受け継がれ、コミュニティーの場としても生きている。これからもシマの生活は変化し続けるだろうけれど、駆け回っている子どもたちが大きくなった時に思い出す場所を小さくても残せたらいいなと思う、せめて私がおばあちゃんになるまでは。

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