BIRD SONG JOURNAL / ゆりむん

2021.8.17

毎年私たちを悩ます台風。
夏の南西諸島は台風の通り道となっており、直接的な風雨の被害がなくても太平洋上に発生した
台風からの高波が続き、島の生活に影響を与えることもある。

海が荒れると下手をすると1週間くらい船便が欠航する奄美大島。
欠航が始まるとまず乳製品や納豆などがスーパーの棚から姿を消し、暴風域入りする前には家篭りの
準備で、カップラーメンの棚の他にも百円おつまみコーナーが空っぽで、お酒が品薄になるのが
島らしいところ。
暴風域に入ると停電するのは当たり前で、その備えもすっかり身についた。自然の脅威の前では
じっと身を守り、耐えるしかないことを毎年思い知らされる。

台風の影響が多く出始めるのは、大抵島のお盆(旧暦7月13日〜)の頃である。
洋上の台風からのうねりで海況が荒れることを島では「盆荒れ」、台風の影響による南系の風は
「盆南(ボンベー)」や「盆東風(ボンゴチ)」とも呼ばれている。
お盆を前に旧暦の七夕の日から各家に掲げられる七夕飾りは、願い事を書いた短冊を飾るものでは
なく、ご先祖さまが帰ってくる時の目印とされており、大半の家の入り口に高く掲げられている。
背の高い竹に色とりどりの紙テープが美しく靡いているが、夏の安定した好天の合間に訪れる台風
由来の風雨などの影響で、6日後の盆の入りの頃には飾りがすっかり無くなっていることも多い。

厄介ごとばかりの台風ではあるが、晴天続きで海水温が上昇し、それに伴って気温も高くなり始める頃、
ちょうど高波によって海水がかき混ぜられることで水温が調整され、島の周囲を覆う珊瑚礁の健全な
生育を助けてくれているという側面もある。そして島の長い夏も台風ごとに過ごしやすくなる。

日本全国で護岸工事による砂浜の砂の流出が問題となっている今、ここ奄美大島でもほとんどの
海岸に護岸工事がなされているが、この健全な環礁が砂の流出を食い止めている場所が多く、奇跡的に
素晴らしい砂浜が多く残されている。
珊瑚が形成するイノー(礁池)内に溜まる砂が高波によって移動することで、砂浜は数年のサイクルで
高くなったり低くなったりを繰り返す。
礁池の浅い奄美では、集落の港へ船が出入りするために礁池内に水路が作られたことで少しずつ砂が
減ってしまってはいるが、古来より人が住まいしていた土地は、人が手を加えさえしなければ本来そ
この自然のあり方に守られているのだということが実感できる。

奄美の集落の多くが、山を背に海に面しており、背後の山はカミヤマ(神山)と呼ばれ、シマ(集落)を
守る山幸の神と海幸の神が降り立つとされている。はるか彼方の海には神が住む豊穣の国「ネリヤカナヤ
(沖縄ではニライカナイと呼ばれる)」があるとされる。
集落近くの森とイノー(礁池)までが人の住む世界であり、そこから先は神の領域として、人々はこの
山と海の間で慎ましやかに暮らしてきた。そのあり方は、これからの私たちの生活のヒントとして、
「足るを知らねばならない」ことを教えてくれているようにも思う。

ここではビーチに流れ着くものは「ゆりむん(=揺られてきたもの)」と呼ばれ、「ネリヤカナヤからの
贈り物」という意味合いが込められている。流れ着く異国の文字が書かれた物や、見たこともない物に
より、未知の世界への思いを馳せるロマンがそこにはあったはずである。

しかしながら、昨今では「ゆりむん」という素敵な言葉の意味合いも忘れられていくのではないかと思う
ほど絶望的な量のプラスティックゴミが流れ着く事もあり、人が作った自然に帰らないモノがこうして
地球を汚していることを日々目の当たりにする。
環境の保全と経済活動との折り合いをどこでつけていくかがこれからの大きな課題であることは間違い
ないだろう。

高波が去った後にビーチを歩いていると、時にはとても素敵な「ゆりむん」に出会う事もある。
今年も美しいガラスの浮玉や、まんまるの珊瑚にめぐりあえるかな?

K